「香水(パヒューム) ある人殺しの物語」
(パトリック・ジュースキント:著 池内紀:訳 文春文庫)
読みました。
長男につき合ってYAばかり読んでいた私なので、この世界観に入り込むのに少し時間がかかりました。
YAは、”揺れ動く若者の心理”を追っているものが多く、また、興味をひくために”事件”がたくさん用意されています。
しかし、この「香水」は、ある男の一生を描いたもの。説明的な文章が多いのです。
こういうタイプの文章に慣れていない長男は、手にして2,3日読んでいたものの、「これさぁ、オレ苦手。よくわからない。」と言って、返してきました。
そうかもしれない。「どうなる?どうなる?」って気ばかり先走ってしまうストーリーの方が小中学生にはウケますからね。本を買ってもらうべく、出版社側もリサーチをしているはず。企画するはず。
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でも、慣れてくれば、この本の凄さに気付くでしょう。
ていねいにていねいに読んでいけばいくほど、描写の巧みさを味わうことが出来ると思いました。
【この世に痕跡一つ残さずに消え失せるもの、すなわち香りというつかのまの王国】
天才的な嗅覚を持った男、グルヌイユ。
一度かいだ匂いは忘れない。そしてその匂いを正確に再現できる。
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視覚で表現できない「嗅覚」を、この本は見事に文章化しています。かといって、本をよみながら、「なるほど、この匂い、わかるわかる!」といった身軽な感想を持つのではなく、
パリの街、グルヌイユの歩く周りの空気、人々の吐く息などが、読み進むうちにいつのまにか、自分を包むかのように漂ってくる。
どんな場所でこの本を読んでいようと、自分の周りに何㎝かの空気の層ができたかのように、匂いがまとわりつく。
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天才的な嗅覚を持った男、グルヌイユには、体臭がない。
体臭がないということがどんなことか、みなさんわかりますか?
<気配がない>ということなんです。
天才グルヌイユは、体臭がないせいで、自分が人から隔離されている(心にとめてもらえない、すなわち孤独である)と、いつも寂しさをかかえ生きているのです。
彼は、あらゆる匂いを作り出すことができました。もちろん、彼に欠けているもの、すなわち<体臭>ですらも。
無個性という個性、日常用、
粗野な印象を与える匂い、凶暴な匂い。
同情・憐憫用の匂い(これは少しミルクがかった、すがすがしい若木の匂い)
母性本能をくすぐる匂い、
どうしても一人でいたい時の匂い(起き抜けの口臭に似ている匂い)
いろいろな場面で、さまざまな<体臭>を使い分けて生きていくグルヌイユ。
「世界はオレの意のままだ。国王だって自分の前にひざまづかせることさえ出来るだろう」
しかし、それは所詮身にまとうだけのもの。本物ではない…この焦り、哀しみが「黒い霧」のようになって、ときおり彼を襲うのです。
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そんなある日、出合ってしまった。至高の香りに…。すなわち若き乙女の香りに。
ある一人の少女の匂いに虜になったグルヌイユは、少女が乙女へ成長するまで待ち続けます。匂いの束のなかにまじった「一本の金線」。成熟する前の乙女の香り。その前にひれふしてしまいそうなくらい美しく、物狂おしく、欲してやまない気持ちにさせられる。
…どうしてもあの匂いを自分のものにしたい…
人間から体臭を抽出する実験をかさね、ついに成功した日。それはグルヌイユの狂気の始まりの日でもありました。
24人の少女を殺し、25人目。そう成長を待ち続けたあの少女、今や誰もが振り向く清潔な乙女となった【ロール】という名の少女こそ、グルヌイユの香水の最後の仕上げの材料。
そしてついに念願の香水が出来上がります。小瓶に満たされた禁断のパヒュームを抱きしめるグルヌイユ。
至福の時間は長くは続かず、まもなくグルヌイユは少女殺しの犯人として捕まってしまいます。そして死刑の判決を受けるのですが…。
衝撃のラスト。
ここで話すわけにはいきません <(_ _)>
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匂い。
ふとかいだことのある懐かしい匂い。
たとえば、おばあちゃんちのたんすににおい。新しいカーテンのにおい。
「時をかける少女」ではラベンダーがキーとなっていましたね。
あなたの匂いにまつわるエピソード、よかったら聞かせてください。
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